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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)8362号 判決

原告

戎井邦夫

右訴訟代理人弁護士

森井利和

(結審後辞任)

被告

株式会社櫻川製作所

右代表者代表取締役

櫻川好春

右訴訟代理人弁護士

遠藤直哉

萬場友章

牧野茂

竹岡八重子

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、昭和六一年七月末日限り金一七万九八〇〇円及び昭和六一年八月から毎月末日限り金二四万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は電子部品等の製作等を業とする株式会社であり、原告は五反田職業安定所の紹介によって昭和六一年五月一三日面接のうえ、同月一六日から被告に雇用された。

2  被告は、同月三一日、原告に対し解雇の意思表示をした。

3  しかし、右解雇は理由がなく、解雇権の濫用であって、無効である。

4  原告の賃金は日額金九六〇〇円の約定であり、一か月の基準勤務日数は二五日であるから、一か月の賃金は金二四万円である。そして、その賃金は、前月二六日の分から当日二五日までの分を当月末日に支払うこととなっていた。

5  被告は、原告を解雇したとして同年六月三日以降の賃金を支払わないので、原告は被告に対して同日以降の賃金を受け取るべき権利を有するところ、被告から受領した解雇予告手当金二四万円を右賃金に充当すると、同年七月末日に受領すべき賃金は金一七万九八〇〇円であり、同年八月以降は金二四万円の賃金を受け取るべき権利を有する。

6  被告は、同年六月二日以降原告との雇用関係の存在を争っている。

7  よって、原告は、雇用関係の存在の確認及び未払賃金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  第一項の事実は認める。

2  第二項のうち解雇の意思表示をした事実は認めるが、その日は昭和六一年六月二日である。

3  第三項の事実は否認する。

4  第四項のうち一か月の基準労働日数が二五日であること及び賃金の締切日及び支払日は認めるが、その余の事実は否認する。原告の賃金は日額金九〇〇〇円の約定であった。

5  第五項のうち、被告が解雇予告手当として金二四万円を支払った事実は認めるが、その余の事実は否認する。

6  第六項の事実は認める。

三  被告の答弁

1  解雇の理由

被告は、昭和六一年六月二日原告に対して解雇の意思表示をしたが、その理由は、同年五月三一日の賃金支払日において原告と被告との間に賃金額について意見対立が生じ、解決に至らなかったからである。すなわち、

被告が原告との同年五月一三日の面接の際、賃金額について原告から前の会社では残業込みで月額手取二二万円から二三万円であったとの話があったので、日額九〇〇〇円で合意されたものである。ところが、原告は同月三一日の賃金支払日になると、日額九六〇〇円の約束があったと強硬に主張し、被告の担当者の説明にも耳をかさず、強圧的言辞に終始した。そして、その態度は同年六月二日になっても改善されなかったため、被告は、当初の際の賃金額の合意すら守れず、独善的主張を強圧的に繰り返す原告に対し、今後の企業運営上顕著な支障が発生すると判断したため、原告の主張する一か月の賃金額に相当する予告手当を支払って解雇したものであり、正当な解雇である。

更にこの解雇については、原告の方で予告手当を要求したことからも原告が解雇を承認したものというべきである。

2  合意解雇

被告は賃金支払時に採用面接時の賃金額を維持したい旨申し入れたところ、原告は自ら積極的に解雇を迫り予告手当の支払を要求したため、被告もやむを得ず、解雇に応じ、予告手当を支払ったもので、合意解雇がされたものと評価することができる。

3  予備的解雇

被告は、以上の主張が認められないとすれば、昭和六一年一月一六日の口頭弁論期日において陳述した準備書面により予備的に原告を解雇する旨の意思表示をした。その理由は、次のとおりである。

(一) 経歴詐称

原告が採用面接時に持参した履歴書には、昭和四五年四月に旭電機株式会社に入社し、昭和五七年六月に同社を退職し、同年七月に津止合金株式会社に入社し、昭和六一年三月に同社を退職したとの記載があるが、実際には、昭和四九年七月に佐々木工業株式会社に入社して、昭和五〇年一月に同社を退職し、同年二月に株式会社森試験機製作所に入社して、同年八月に同社を退職し、同年一一月に三幸機械株式会社に入社して、昭和五三年三月に同社を退職し、昭和五七年九月に津止合金工業株式会社に入社して昭和五八年三月に同社を退職し、同年四月に株式会社トムコに入社して昭和六〇年一二月に同社を退職しているのである。従って、履歴書の記載は真実とは大幅に相違があり、実際には頻繁に職を替え、旋盤工の経験も申告とは異って二〇年はなく、旋盤工としての経験年数、職場への定着性を判定する材料についての重大な詐称というべきである。

(二) 原告は、前記1記載のように賃金の合意を一方的に破棄して自己の主張を固執して話合いを拒否したものであり、継続的信頼関係を自ら破壊した。

(三) 原告は、昭和六一年六月二日の話合いの際に語気鋭く解雇予告手当を要求し、被告代表者及び佐藤部長を畏怖させて解雇予告手当として金二四万円を支払わせた。

(四) 原告は、本件訴訟の提起後である昭和六一年七月二八日の午前七時半ころ、被告代表者宅に脅迫電話をした。

(五) 以上の事実からみると、原告に対しては、解雇の正当理由があるから、予備的解雇は正当である。

四  抗弁に対する答弁

1  第一項の事実は否認する。原告の賃金は採用面接の際に日額九六〇〇円、月額二四万円と合意された。ところが、昭和六一年五月三一日の賃金の支払日になって被告代表者が「日額九六〇〇円の約束であったが九〇〇〇円しか払えないので、やめてくれ」といったものであり、原告は当初の約束の実行を求めたにすぎない。

2  第二項の事実は否認する。解雇予告手当は原告の方から要求したものではなく、被告の佐藤部長が予め用意していたものであり、原告はこれを受領するに際し、解雇を承認したものでないことを明示した。

3  第三項の事実も否認する。原告が面接時に提出した履歴書の記載が実際と違うことは事実であるが、これを解雇の理由とすることはできない。また、原告が被告代表者宅へ電話をしたのは、脅迫の電話ではない。

第三証拠

証拠関係は、記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  被告が電子部品等の製作等を業とする株式会社であり、原告は五反田職業安定所の紹介によって昭和六一年五月一三日面接のうえ被告に雇用されたことは、当事者間に争いがない。

二  被告が原告に対して解雇の意思表示をした経緯について検討すると、(証拠略)、原告本人尋問の結果(ただし、後記信用することのできない部分を除く。)及び被告代表者本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定に反する原告本人尋問の結果の一部は信用することができず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

1  原告は、五反田公共職業安定所の紹介により、昭和六一年五月一三日被告会社へ赴き、株式会社の櫻川社長及び佐藤業務部長の採用面接を受けた。その際、原告は、賃金については前に勤めていた会社では残業をも含めて手取りで二二万円か二三万円位の賃金を受領していたので、それ位はほしいとの希望を述べ、櫻川社長や佐藤部長もそれ位なら出せると思うが、原告の技能の程度も不明であったので、具体的には原告の働きぶりを見て決定するとの回答をし、原告もこれを了承し、原告の採用が決定され、原告は同月一六日から勤務を始めた。

2  被告会社の賃金支払日である同月三一日に被告会社の櫻川社長は原告に対し同日支払分の給与計算書(同月一六日から二四日までの分)を交付し、原告の賃金は採用面接時の原告の希望をも勘案して日額金九〇〇〇円と決定した旨説明し、その明細を記載したメモを手交した。これに対して原告は採用面接時には日額金九六〇〇円とする旨の約束がされていたとして抗議をしたが、その時には採用面接時に立ち会った佐藤部長が不在であったため、後日改めて話合いをすることとした。

3  同年六月二日に原告と櫻川社長及び佐藤部長との間で再び交渉が行われたが、その席上原告は日額金九六〇〇円一か月金二四万円との約束があったと強く主張し、櫻川社長及び佐藤部長は日額金九〇〇〇円、一か月金二二万五〇〇〇円以上は出せないと主張し、両者の主張が平行線をたどり、折合いがつかなかった。そこで櫻川社長及び佐藤部長は、やむを得ず、原告を解雇することとし、原告の要求に応じて解雇予告手当金二四万円を原告に支払い、原告はこれを受領した。

4  被告会社は、同月四日、原告の要求により、五月一六日から二四日までの賃金について日額九六〇〇円として計算した額から既に支給ずみの日額九〇〇〇円として計算した額の差額及び五月二六日から六月二日までの賃金(日額九六〇〇円として計算したもの)の合計九万五八七三円を原告に支払い、更に、同月六日、原告の強い要求により、原告に対し、退職理由を「会社側の一方的に依る雇用契約の破棄」と記載した退職証明書を原告に交付した。

以上の事実が認められる。原告は、これに対して、採用面接の際に賃金は日額金九六〇〇円、一か月金二四万円とするとの約束があった旨及び被告会社は昭和六一年五月三一日に解雇の意思表示をした旨を主張し、原告本人はこれに沿う供述をするけれども、この供述は信用することができない。また、解雇予告手当として原告の主張する賃金額に相当する金二四万円の支払をしたこと及び原告の就労期間中の賃金として日額金九六〇〇円の割合による金員を支払ったことも、前掲各証拠によれば、原告の強い要求があったため、被告会社において原告の解雇に伴う紛争が解決できるのならばやむを得ないと判断して支払ったものにすぎないと認めることができるから、これらの事実をもって賃金額が原告主張のように定められていたと認めることはできない。

三  以上の事実によると、被告会社は、昭和六一年六月二日に原告に対して解雇の意思表示をしたものと認めることができる。そして、右認定事実によると、解雇の理由は、賃金の額について採用面接時において残業をも含めて月額手取り二二万円から二三万円程度という大まかな額が定められ、その後被告会社において原告の働きぶり等を勘案して日額金九〇〇〇円と決定したところ、原告は当初から日額金九六〇〇円とする旨の合意があったと主張してその支払に固執し、両者の折合いがつかなかったことから、雇用関係を継続していくことが不可能となったということにあったものと認めることができる(なお、前記のように退職証明書には「会社側の一方的に依る雇用契約の破棄」との記載があるが、前掲各証拠によると、これは原告がこのような記載をすることを強く要求したため、やむを得ず記載されたものと認めることができるから、この記載をもって解雇の理由を上記のように認めることの妨げとすることはできない。)。

ところで、労働契約の締結に際しては、使用者は、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならないとされており(労働基準法一五条一項)、前記のような残業をも含め月額二二万円から二三万円程度という定め方は、法律の要請からみると不十分なところがあるけれども、賃金額を定めるについて大きな影響のある原告の技能程度は採用決定時には原告自身の申告によるほかは被告会社には未知のものであったし、半月後の賃金支払期には賃金の額も具体的に明示されることが予定されていたのであるから、右のような定め方をもって直ちに違法のものであると断定することはできない。そして、原告が月額九六〇〇円との明確な約束がなかったのにもかかわらず、その支払に固執して譲らず、被告会社の説明に耳を貸さないという態度を変えない以上、雇用関係を継続することができないやむを得ない理由があるものということができ、被告会社のした解雇は正当であって、これが解雇権を濫用したものであるとすることはできない。

四  そうすると、被告会社が昭和六一年六月二日に原告に対してした解雇は有効であり、原告はこれにより被告会社の従業員の地位を失ったものということになる。よって、原告の本訴請求はいずれも、その余の点について判断するまでもなく失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 今井功)

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